国民栄誉賞の辞退した人とその理由とは?辞退者一覧と過去の名言セリフがすごい!


2022年11月22日、先日満場一致でMVPに選ばれた大谷翔平選手が、国民栄誉賞を政府より打診されましたが、辞退したとして話題になりましたね!

実は過去にも国民栄誉賞を辞退した人はたくさんいるんです。そこで、

  •  国民栄誉賞を辞退した人はどんな人がいる?辞退者一覧まとめてみた!
  • 国民栄誉賞を辞退したその理由とは?
  • 国民栄誉賞の特典とはどんなものがもらえるの?

以上について調べてみました!


国民栄誉賞を辞退した人はどんな人がいる?辞退者一覧まとめ

今季のアメリカンリーグで満場一致でMVPを獲得した大谷翔平選手が、政府より打診された国民栄誉賞を辞退したとのニュースが舞い込んできました。

その理由として大谷翔平選手は 、「まだ早いので今回は辞退させていただきたい」とコメントを寄せていますが、こんな名誉ある賞を自ら辞退するなんて、謙虚でもありますし、逆に言えばこれからもっともっとスゴイ記録を出す自信の表れとも言えますよね。

そこで気になるのは、大谷翔平選手のようにこれまでに国民栄誉賞を辞退した人っていったいどんな方がいるのでしょうか?

これまでに政府より国民栄誉賞を打診されて辞退した人が3人いるので、辞退者一覧としてまとめてみました!

福本豊

  •  プロ野球選手
  • 1969年 阪急ベーブルースに入団
  • 1972年 106盗塁を記録、メジャー記録を更新
  • 国民栄誉賞を打診された年度…1985年(当時38歳)

阪急ブレーブスで活躍し「世界の盗塁王」と呼ばれた福本豊さん。

1983年に当時ルー・ブロックが保持していた世界記録を抜く通算939盗塁を達成した際、当時の中曽根康弘首相から国民栄誉賞を打診されましたが、「そんなんもろうたら、立ち小便もできへんようになる」と辞退し、この名言は今でも大きな話題となっていますよね。

古関裕而(こせき ゆうじ)

  •  作曲家、福島県出身
  • 国民栄誉賞を打診された年度…1989年(当時80歳 亡くなった後に打診された)

2020年に放映されたNHKの連続テレビ小説「エール」の主人公のモデルとしても知られる、作曲家の古関裕而(こせき ゆうじ)さんは、夏の甲子園の大会歌『栄冠は君に輝く』や、1964年の東京オリンピック開会式の入場行進曲『オリンピック・マーチ』を作曲した方だったんですね。

イチロー

  •  プロ野球選手
  • 国民栄誉賞を打診された年度…
  • 2001年(当時27歳、8年連続首位打者になった際)
  • 2004年(当時30歳、84年ぶりに大リーグのシーズン最多安打記録を塗り替えた際)
  • 2019年(当時45歳、現役引退の際)

言わずと知れたメジャーリーグ選手ですが、なんとこれまでに3度も国民栄誉賞の打診をお断りしているんですね。

2019年末に実は4度目の打診もあったそうで、その時もかたくなにお断わりしていたようです。

イチロー選手の信念をつらぬく意思の強さが感じられますね。

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国民栄誉賞を辞退した人のその理由とは?

では、それぞれの国民栄誉賞を辞退した理由についてもみていきたいと思います。

たくさんの名言や名ゼリフが残っていますね。

福本豊

「松下電器の人を通じて、政府が国民栄誉賞を考えてるって聞いたから、そんなんもろうたら、立ち小便もできへんようになる」というセリフが大谷翔平選手の国民栄誉賞辞退のニュースによって再び大きく取り上げられていますよね。

福本さんはその後のインタビューに、「マージャンやパチンコ、たばこもする。国民の見本にならんでしょ。自分の行動に自信を持てないからもらえませんと話したが、最後の雑談が出てしまった」と当時を振り返って真意を明かしています。

他にもたくさんの名言を残しています。

王さんが世界記録を作ったことで創設されたのが第1号。ボクも世界記録やからということでしたが、ボクには王さんのように野球人の手本になれる自信がなかった。野球で記録を作るだけでなく、広く国民に敬愛されるような人物でないといけないという、当時のボクなりの解釈があったんです。

ボクは、麻雀はするし、タバコも吸うし、悪いことばかりしてましたから。受賞してたら、ちょっとしたことでも、ああだこうだいわれたり書かれたりするでしょう。他の受賞者にも迷惑がかかるから、やっぱりもらわんで良かったです。

NEWSポストセブン

古関裕而(こせき ゆうじ)

古関裕而さんが国民栄誉賞を打診されたのは、なんと80歳になられて亡くなられた後に当時の内閣により打診されたんですね。

しかし、NHKにニュースによると、古関裕而さんの息子さんである正祐さんが、”亡くなった後に受賞する意味があるのか?”として、代わりにお断わりする形になった、というのが真相です。

イチロー

イチロー選手も3回の辞退の際に名言を残されていますね。

  • 2001年…「まだ若いのでできれば辞退したい。頂けるものなら野球人生が終わったときにいただけるように頑張りたい」
  • 2004年…「プレーを続けているうちはもらう立場にない。野球生活をおえ、本当にやり切ったときに、もしいただけるならば大変ありがたい」
  • 2019年…「人生の幕をおろしたときにいただけるように励みます」

それぞれの理由を見ると、その方の国民栄誉賞に対する真摯な考え方やお人柄が分かるようですよね。

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まとめ:国民栄誉賞の辞退した人とその理由とは?辞退者一覧と過去の名言セリフがすごい!

以上、2022年11月22日に国民栄誉賞を打診されて、辞退した人について一覧まとめとその理由についてまとめてみました。

  •  福本豊
  • 古関裕而
  • イチロー

今回国民栄誉賞を辞退した大谷選選手は現在27歳ですので、これからももっとインパクトのある歴代に残るような記録を打ち出していくことが期待されていますが、そのときにもきっと国民栄誉賞を打診される機会はきっとあることでしょう。

しかし、大谷翔平選手は、11月19日の電話会見で「イチローさんがMVPを取ったときも見ていたし、大リーグに憧れるようになった」とイチロー氏への尊敬の念を語っているように、3度も辞退したイチロー選手にならって、次回も辞退するかもしれませんね。

大谷翔平選手の今後の活躍も期待しています☆

\国民栄誉賞のふさわしくない人って誰?/

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