千々石ミゲルの死因は?墓の場所や天草四郎の子との噂の真相も調査!

長崎県諫早市の多良見(たらみ)町で、江戸時代初期に活躍した天正遣欧使節(てんしょうけんおうしせつ)の1人、千々石ミゲルの骨が見つかったとのニュースがありましたね。

千々石ミゲルのものと思われるお墓には、千々石ミゲルの妻のロザリオ(祈りの時に使う十字架をつないだ数珠)も見つかっており、信ぴょう性が高いようですね。

そんな千々石ミゲルの骨が見つかったそうですが、なぜ千々石ミゲルのは死んでしまったのでしょうか?同時期にキリシタンとして島原の乱を起こした指導者である、天草四郎の子であるとの噂もききますが本当なのでしょうか?そこで、

  • 千々石ミゲルの死因は?
  • 千々石ミゲルの墓の場所は?
  • 千々石ミゲルの天草四郎の子なのか?

についてリサーチしました!

もくじ

千々石ミゲルの死因は?

千々石ミゲルの死因は何だったのでしょうか?

結論から言うと、千々石ミゲルの死因はまだ決定的な証拠が出てきていません

ただ、千々石ミゲルの晩年を詳しく調べてみますと、天正遣欧使節としてローマに派遣されたときに目の当たりにした、キリスト教徒による奴隷制度を知って、だんだんと教会との距離をとるようになり、キリスト教の信仰心はなくなっていき、半キリスト教の立場を取っていたようです。いわゆる”棄教”と言われるやつですね。

イエズス会からは除名されてしまい、藩主として仕えた大村喜前とも関係が悪くなり、キリシタンたちからは裏切り者として命を狙われたこともあるなど、穏やかではない晩年を送ったことは確かです。

千々石ミゲルは”殉教”したとの記述もありましたが、キリスト教への信仰を捨てていたのなら、殉教にはならないですよね。

由緒ある大名の子孫であり、日本を代表してローマに派遣された千々石ミゲルのほどの人物であれば、死や埋葬なども記録はしっかりと残ってしかるべき人物であるはずなのに、死因がいまだ謎に包まれているというのは、イエズス会側信仰に熱心なキリシタンたちに暗殺されてしまったのではないか?という陰謀説を疑ってしまいますね。

千々石ミゲルを題材にした物語はコチラ

千々石ミゲルの墓の場所は?

千々石ミゲルの墓の場所はどこなのでしょうか?

これはニュースにもありましたが、千々石ミゲルの墓は長崎県諫早市の多良見(たらみ)町です

引用元:おらしょ

千々石ミゲルの墓と特定された理由はその墓の石碑にあります。

その石碑は、近隣住民から千々石ミゲルの四男の「玄蕃げんばの墓」として守られていたのですが、「玄蕃」の名前が墓石の裏側に彫られていること、表には2人の戒名没年月日が刻まれ、それが夫婦と思われることから千々石ミゲルの墓ではないかと発表されたのですね。

また、妻側の方の墓には、ロザリオが見つかっており、このロザリオも決め手のひとつになったようですね。

千々石ミゲルは天草四郎の子か?

千々石ミゲルはあの歴史の教科書に登場する、同じ江戸時代初期に活躍した、天草四郎の子なのでしょうか?

結論から言うと、千々石ミゲルは天草四郎の子ではありません。

千々石ミゲルは千々石家を継いだというれっきとした生い立ちが記録に残っています。

  •  本名:千々石紀員(ちぢや のりかず)ミゲルは洗礼名
  • 1569年うまれ、没年ははっきりとは不明、1633年とされている
  • 父:千々石直員(ちぢや なおかず)

千々石ミゲルの父・千々石直員は、現在の唐津に当たる肥前という地域の窯蓋城(かまぶたじょう)の城主でした。
さらに、その父・千々石直員は、キリシタン大名としても有名な肥前・有馬氏の当主の三男だったのですが、分家して千々石の姓を名乗ることになったということで、代々大名の子孫で立派な血統を持っているんですね。

では、なぜ千々石ミゲルが天草四郎の子だという憶測がたったのでしょうか?

それは、若桑みどりさんの著書である「クアトロ・ラガッツィ」のなかで、天草の乱があったとき、天草四郎はミゲルの隠し子ではないか?という噂が、天草や周辺のキリシタンが多くいた地域でまことしやかにささやかれたというエピソードが紹介されていたから、だったようですね。

クアトロ・ラガッツィ」では、千々石ミゲルと同様に天正遣欧使節のメンバーであった、伊東マンシ・中浦ジュリアン・原マルティノ、少年4人の絆の深さが描かれています。

少年4人はローマでの見聞を経て、1590年に帰国したのですが、その時日本はキリスト教弾圧が強まっていた時代…せっかくはるばる遠いヨーロッパで立派に勉強してきたのになんだか悲しい運命ですよね。

しかし、千々石ミゲルも天草四郎も歴史上の実在する有名な2人の人物ですが、親子関係だったなんて、たとえ本当でなくとも歴史のロマンを感じますね。
天正遣欧使節の少年4人の中で唯一、千々石ミゲルだけが棄教、キリスト教と離れていったというのも、その理由が未だ解明されておらず、歴史の謎は深まるばかりです。

\若桑みどりさん著書「クアトロ・ラガッツィ」についてはコチラ▼/



まとめ:千々石ミゲルの死因は?墓の場所や天草四郎の子との噂の真相も調査!

以上、千々石ミゲルの死因やお墓の場所、天草四郎との親子関係の詳細についてリサーチしました。

今回千々石ミゲルの墓の発掘調査をした方は、千々石ミゲルの子孫にあたる方とのことで、自分の祖先・ルーツを探るのはとても興味が沸く話題でしたね。

千々石ミゲルのものと思われる骨は、近くDNA鑑定に持っていかれるとのことだったので、当時の時代の真実も近い将来明らかになりそうですね。

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